fc2ブログ

左の夢/金原ひとみ (すばる11月号)


──────────

明日はいくつ? 毎日、寝る前にそう聞かれて、朝になると俺が言った数だけ炊飯器に入れてあった。あつあつのおにぎりを、いつも家を出る前にリュックに入れて、朝飯に一つ、昼に二つか三つ食べていた。あの頃は昼飯のおにぎり二つとコンビニで買ったカップラーメンの組み合わせが主流だったけど、最近はコンビニのおにぎり二つで済ませることが多い。毎日夕食を作って待っていた彼女はもういない。

──────────

すばる11月号掲載の金原ひとみの短篇、『左の夢』を読んだ。
冒頭を読んでいて、どうもおかしいと思いながら読み進めていると、何が「おかしい」のかわかった。
語り手が「男性」だったのだ。

主人公の「俺」は、三年間つきあった恋人がアパートを去ってから、常に彼女のことが気にかかっている。
朝、起きたら写真の彼女に向かい「おはよ」と言い、出勤時には「行ってきます」と言う。「俺」は工場で働いていて、現場の先輩と仲がいい。昼休み、先輩が昼飯に誘うのだが、最近の「俺」は毎日コンビニのおにぎりばかりである。

語り手の「俺」の意識は、否応なく恋人と自分とのまわりを迷い続けている。金原ひとみの小説の主人公たちは、自らの自意識にとぐろを巻きながらも、その堂々巡りのなかから、なかなか抜けだせない。この主人公も例外ではなく、出て行った恋人のこと、というより、「恋人といた自分」を思い続けているようにみえます。
一言でいえば、「俺」はダメな男です。電子レンジの使い方もわからないし、ひとりになった途端、「何をどうしたら良いのか分からない」。「借りてるサラ金の一番近いATMがどこにあるのかも知らない」というのだ。

「俺」は「工業系の高校を中退して、美容師の見習い」をしていたが、ある日交通事故に遭う。左半身に障害が残るかもしれない、と宣告され、上京して美容師になるために必死でリハビリを頑張る。無事に上京して職につくが、あっさりクビになってしまう。「無職になりスロットばかりやってる内に家賃も光熱費も滞納が続いて、当初は簡単に返せるはずだった借金」が「どんどん非現実的な額に」膨らんでいく。そんな時に、恋人と知りあった。

語り手は「左」に、何らかの執着があるように思えます。この作品では、久々に「リストカット」「自傷行為」がモチーフとして使われているのですが、語り手の「俺」は恋人と別れてから、左手首を切ったりします。
その姿は、辛うじて自分のバランスを保とうとしているようにもみえる。
まるで恋人を失ったことにより、バランスを崩しているように。

作中で「俺」の恋人は実際に姿を現しませんが、結末、ある奇妙なかたちで現れます(もしくは、表れる)。それだけのためにこの小説が書かれたようにも思えるし、単になんの意味もないのかもしれない。

恋人は、語り手のモノローグの中では途中小説家になるのですが、そのことは金原ひとみのデビュー時を示しているようです。
実際、これは私小説風な作風で、それを男性側からアプローチしているみたいだ。

結末ちかくで、「俺」は恋人の残していった化粧品を顔じゅうに塗りたくって、口紅を引き、彼女の匂いを思う場面があるのですが、そこが異常にリアルなのです。語り手は「俺」なのに、まるで三人称のような印象があります。じっと、その光景を見つめているような……

すばらしくグロテスクで、巧い恋愛小説です。
「俺」は結局、振られるのですが、解放されたと思う反面、これからどうしていけばいいか分からない。
これは、上に書いた、ひとりで「何をどうしたら良いのか分からない」と繋がります。作中では、語り手は終始なさけなく描かれているのですが、これは「おにぎり」をめぐるモノローグではより顕著に表れているみたいです。「俺」はたまに、恋人の「明日はいくつ?」という、幻聴をききます。「明日はおにぎりいくつ?」と。これにより、語り手の恋人に対しての拘泥、情けなさをより深く、どうしようもないものとして描くことに成功している。

結末は、たぶん金原ひとみとしては異例な終わり方だろうが、それもまたこの人らしい。
「俺」はあれを読んで、どう思ったのだろうか。

二人の電話での会話が、思い起こされる。

──────────

「もしもし」
「……俺だよ」
「……久しぶり」
「なあ俺さあ、もう駄目になっちまいそうなんだよ」
「……」
「もう駄目になっちまうよお前がいないと駄目なんだよ。お前だって俺がいないと駄目だろ? なあ戻ってきたいんだったらいつでもいいって、言ってるじゃんよ。なあお前さあ、誕生日に何欲しい?」
「今、仕事中なの」
「なあ俺待ってるから。誕生日ケーキ買って待ってるから。────」

──────────

スポンサーサイト



by 竹永翔一  at 00:40 |  書評 |  comment (2)  |  trackback (0)  |  page top ↑
Comments

こんばんは

検索してみたらあっさり見つかったんで、早速来てしまいました。

いや、いいじゃないですか。とりあえずおめでとうございます。末永く続くように、ぜひぜひがんばってください。

金原ひとみ、いつの間にか新作書いてたんですね。一番上の引用は、冒頭文ですか?
金原ひとみの冒頭文に僕は何故かいつもひっかかるのですが、書評を読む限り、今回もけっこう良さそうでよかったですよ。

ではこのへんで。
by キズキ 2007/10/11 02:00  URL [ 編集 ]

キズキさんへ


コメントありがとうございます。
わざわざ検索してくれたんですかあ!!??ちゃんとURL張れてませんでした???


金原ひとみの『左の夢』は30枚くらいの短編なんですけどね。
彼女は昨年末から立て続けに短編を発表してるんです。


『ハイドラ』よりいいと思いましたよ、個人的に。

立ち読みでいいからぜひ読んでみてくださいよ(笑)結末は思わず唸ります。
by 翔一 2007/10/11 22:05  URL [ 編集 ]
Comment Form
管理者にだけ表示を許可する