2007/12/07
星へ落ちる/金原ひとみ
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「調子悪いから、今日は寄らないでこのまま帰るね」
そう。ちゃんと休んでね。言いながら、涙がこみ上げてくるのを抑える。背骨の辺りに力を籠めた。帰宅したら私は泣くんだろうけど、それは帰宅してからだ。私は彼の前で取り乱してはいけないし、泣いてもいけないし、一緒にいたいと思ってもいけない。辛いとも、悲しいとも、寂しいとも、愛してるとも、言ってはいけない。重いからだ。
『星へ落ちる』より
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金原ひとみ初の短篇集。
連作形式だという今回のこの作品集は、ひとつの恋愛から始まった三人の絶望がテーマで書かれている。
金原ひとみお得意の、神経症的モノローグもすばらしいですが、五編所収されている短篇がちゃんと時系列どおりにならんでいるため、これ一冊で中編のような気がしないでもない。
『星へ落ちる』
『僕のスープ』
『サンドストーム』
『左の夢』
『虫』
という五編の主人公は、『僕の~』が「僕」で、『左の夢』が「俺」。男性の語り手が二人でてきますが、二人ともかなり女々しいというか、怖い。
というか、この短篇集の話はだいたい怖い。
『虫』は、ひたすらゲームをやり続ける主人公の「私」が、ほとんど可哀相ともとれるくらい病んでいる。最後の一文はすばらしく怖い。
『僕のスープ』の「僕」は、同性愛者で、彼氏がほかの女と浮気しているのを知り、しだいに周りを信じられなくなる。疑心暗鬼になって、どんどんと壊れていくのだが、その過程がかなり生々しくて不気味です。
この短篇集のテイストとしては、『ハイドラ』に近いものを感じます。
特に、一貫して主人公がおなじである「私」が登場する短篇パートは、「私」の前の恋人から電話が毎日かかってきて、それがアクセントになっているし、「私」と前の恋人を対比して見ることもできます。
「私」「僕」を煩わせているのは、いまの「私」の恋人であり、いまの「僕」の同棲相手です。
この恋人の男の存在が、常にこのふたりの感情にまとわりつき、自然と痛々しい方向へと進んでいくのですが、ここもとてもリアルで、ちょっとありそうな雰囲気です。
「私」と「僕」を対比させることもできますし、二人の病み具合を対比させることもできる。つながりが非常に強いと思います。
また、おなじ文章が繰り返し用いられたりするのが、よけいに痛い。
転じて、『左の夢』は以前書評を書いてしまいましたが、こうやって読んでみると、ちゃんと前後の短篇とつながっています。
とにかくこの短篇は、個人的にはラストがすばらしすぎます。
なるほど、と思わず唸りました。
私小説的な風味が強いこの連作短篇集は、一見ただの恋愛小説ですが、それを取り除くと、強烈なエゴイズムがあらわれて、人間の「すがた」を感じます。
金原ひとみは、多視点をもちいて、これをやり遂げたと思います。
でも、金原ひとみは本当はもっと書ける人。
正直もっと短篇があっても良かったのですが、しかし、完成度はきわめて高い短篇集だと思います。
個人的には、『サンドストーム』『左の夢』『虫』が印象に残りました。
今回読んで思ったのは、金原ひとみは案外場面転換がうまいのではないか、ということです。
負のイメージと痛さを感じる短篇集ですが、好きな人は好きだと思います。
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僕は彼を責められない。元々僕たちは恋人じゃなくて、一緒に暮らす事によって互いにメリットがあるからという体裁の上に成り立った関係だ。僕はずっとそういう関係性を維持しようとがんばってきたし、そうする事によって彼を引き留めていられるんだと分かっていた、いや、そうしなければ彼は僕の元を去ってしまうから、そうしてきた。別れてよ、本当はそう泣いて怒りたいのに、絶対にそんな事を言えるはずがないのは、僕のせいだ。─中略─そういう関係で、セックスがなくなった今、僕らはただのルームメイトだ。
『僕のスープ』より
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